企業にとって、一度購入や契約をした顧客が自社のファンになり、長く使い続けてくれることは望ましい状態です。顧客の利用期間が利益に大きく影響するサブスクリプション型のサービスでは特に重要です。この記事では、ロイヤルカスタマーと呼ばれる、企業の利益向上において非常に重要な役割を持つ顧客について、その定義と育成方法を解説します。
目次
ロイヤルカスタマーとは
ロイヤルティ(Loyalty)とは「忠誠」を表す英語で、このロイヤルティが高い顧客のことをロイヤルカスタマーと呼びます。つまり、ある企業や製品・サービスに対して信頼や愛着が強い顧客のことです。
ロイヤルカスタマーは、他社への乗り換えを行わず、継続的に自社製品・サービスを利用してくれます。また、愛着度の高さから自発的に口コミを行い、周りの人にも製品やサービスを紹介してくれる、企業にとっては非常に重要な顧客です。
優良顧客とは何が違うのか?
ロイヤルカスタマーの定義を聞くと、「優良顧客」と考える方も多いのではないでしょうか。しかし、優良顧客とロイヤルカスタマーは必ずしも一致しないため、注意が必要です。優良顧客とは契約金額の高い顧客や継続利用期間の長い顧客のことを指すことが多いかもしれません。
しかし、自社製品・サービスへの愛着が強いとは限りません。解約するのが面倒であったり、他によいサービスを見つけられないため仕方なく利用していたりする可能性が考えられるためです。
このような顧客は、他社からより良い製品・サービスが出た、契約更新の年になったなど、きっかけさえあれば簡単に離反をしてしまいます。
このように優良顧客は“見せかけのロイヤルカスタマー”であるおそれがあるため、本当に対応すべき顧客がどこにいるのかをある程度把握しておくためにも顧客ロイヤルティを測ることが重要です。
ロイヤルカスタマーはなぜ重要なのか?育成のメリットとは
顧客の継続利用率が高まる
製品やサービスへの愛着度が高ければ、継続契約率は高くなります。また、アップセルやクロスセルの成功確率が上がるため、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)も高くなります。これにより、安定的な売上の確保に繋がるでしょう。
事業存続のリスクを低減する
もし、ロイヤルカスタマーが育っておらず、“見せかけのロイヤルカスタマー”が多いと、どのようなことが起きるのでしょうか。例えば、他により良いサービスが見つけられないため、仕方なく利用している優良顧客がいるとしましょう。
このような場合、競合他社が新サービスを提供して乗り換えキャンペーンなども実施すると、それがきっかけとなり、大量の顧客離反が発生する危険性があります。“見せかけのロイヤルカスタマー”は、それまで自社にもたらしてきた利益が大きいだけに、離反が事業存続を脅かす大きなリスクとなります。
真に好んで自社のサービスを利用してくれる顧客を育てることは、こういったリスクを低減することにつながります。
コストを抑えることができる
一般的に、既存顧客の維持コストは、新規顧客獲得のコストに比べて低いとされています。そのため、継続利用率の高い顧客を増やすことにより、コストを抑えつつ、継続的に得られる利益を高めることができます。
また、コストを抑えることで、マーケティング費や開発費など新サービスを拡充させる費用を捻出することができるようにもなり、さらなる事業成長に繋がる可能性が広がります。
新規顧客を効率的に獲得できる
ロイヤルカスタマーのメリットは、自社製品・サービスの良い口コミを積極的に行ってくれることにもあります。実利用者による評価は、製品・サービスの選定の際に非常に重要な情報です。業務に用いる製品やサービスの選定ミスは、企業の売上に大きな影響をもたらします。
そのため、IT管轄部門が厳しい選定を行う企業もあります。企業内の一部門で導入が成功すれば、他の部門での利用に繋がる可能性が高いでしょう。また、業種や職種によっては、業務の進め方や利用しているサービスについて情報交換がされる場合もあります。一人、もしくは一社のロイヤルカスタマーが、非常に大きな売上・利益をもたらしてくれることはめずらしくありません。
SaaS企業のロイヤルカスタマー戦略①:ロイヤルカスタマー像の定義
ここでは、SaaS企業において、ロイヤルカスタマー戦略を検討する上での考慮事項について解説します。
まず、自社のロイヤルカスタマー像を定義します。SaaS企業における一般的なロイヤルカスタマー像としては、以下などの要素の組み合わせが考えられます。
- 長期間契約を継続している
- 契約単価が高い
- 新サービス利用時にすぐに利用してくれる
- 口コミサイト等にポジティブな投稿をしてくれる
- 他企業に自社サービスを紹介してくれる
- 導入事例の取材に応じてくれる
- ユーザ会等への参加率が高い
- メールマガジン等の開封率・読了率が高い
- コミュニティ等への影響力が大きい
- 導入メリットを得やすい業種・業界である
ロイヤルカスタマー像の定義においては、ロイヤルカスタマーを区別することでどのようなビジネス上の成果を上げたいかを明確にすることがポイントとなります。一般的には「顧客ロイヤルティを測る要素」が判断の軸となるでしょう。
安定したサービス利用により企業の収益性を高めてくれたり、口コミや紹介により新規顧客獲得に貢献してくれたり、サービスに対する適切な改善要望を伝えてくれたりするなど、企業にとって有益な顧客層は様々です。特にSaaS企業ではビジネスをスケールさせることも重要です。積極的に他社や他ユーザーに自社サービスを紹介してくれる顧客は重要視すべきです。
他方、ロイヤルカスタマーを増やすという観点では、初めからロイヤルティが高まりやすい顧客をターゲットとする選択肢もとれます。利用するサービスがビジネスの成果に大きく貢献する顧客は、満足度が高くなりやすく、ロイヤルカスタマー化が目指しやすいと考えられます。自社のサービスが高い価値を生む顧客層を対象に、ロイヤルカスタマー化を目指すことで、取り組みの効果を上げやすくなります。
SaaS企業のロイヤルカスタマー戦略②:育成プロセス
次に、ロイヤルカスタマー戦略としてロイヤルカスタマー化を目指すための育成策について解説します。
①サービスの価値を素早く届ける
顧客がサービスに対して愛着を持つスタート地点は、サービスの利用開始時です。ロイヤルカスタマー育成の最初のステップは、サービスの価値を素早く理解してもらうことといえるでしょう。
顧客がサービスを利用開始する際のレクチャー、いわゆるオンボーディングにおいては、サービスの価値をできるだけ早く感じられるようにします。このような考え方は「Time to Value」と呼ばれ、例えば初めてレポートが出力されたといったように、小さいものでもよいのでサービスを利用開始後できるだけ早く価値を届けることがポイントとなります。
②エフォートレス体験がロイヤルティ向上につながる
顧客がサービスに満足するためには、顧客が驚くような機能や利便性を提供することも重要ですが、それと同じくらいに、不満を持ったりイライラしたりしないことがポイントとなります。顧客が努力しなくてもサービスを利用できる、いわゆる「エフォートレス」な体験を提供することも求められます。
例えば、カスタマーサポートでたらい回しにされることは典型的なストレスのかかる体験といえるでしょう。顧客が抱えている課題をスマートかつ迅速に解決することで、ロイヤルティ向上につながります。特に顧客数が多くなりやすいSaaSビジネスにおいては、すべての顧客にオペレーターが対応することは難しいといえます。Q&Aの充実やユーザーコミュニティの設置、オンライン教育ツールの準備など、様々な施策が考えられるでしょう。
③顧客に成功を届ける
上述した通り、ロイヤルティが向上しやすい顧客は、自社のサービスによりビジネスにおける成果を上げられる顧客といえます。
サービスがビジネスの成功に貢献することで、サービスは顧客にとって無くてはならないものとなり、結果としてサービスに対する愛着も高まります。
よって、サービスの利用を通して顧客に成功を届けることは、ロイヤルティ向上の重要なポイントとなります。
カスタマーサクセスの取り組みとして、顧客がサービスの利用により価値を享受できているか、ビジネスでの成功につながっているかを把握し、不足があれば必要な支援を実施します。
このような取り組みには、データやツールの活用が有効です。例えば、サービスの利用頻度が一定基準を下回っている顧客がいる場合にアラートを出し、対応を促すような取り組みも、ツールを導入することで実現できます。
④サービスの価値を高め続ける
サービスが持つ価値は顧客のロイヤルティ向上の源泉となります。当然ながら、サービスが顧客に提供できる価値を継続的に高め続ける取り組みは重要といえます。
顧客の利用金額や継続利用期間などの一部だけの情報を参照するのではなく、NPS®などを利用して、定期的かつ正確にロイヤルティを測定する仕組みを作りましょう。指標を用いて顧客ロイヤルティを定期的に測定することで、自社が想定する価値を顧客に届けられているかを把握し、課題があれば改善します。
また、自社サービスを快適に利用してもらうためには、CX(Customer Experience:顧客体験)/UX(User Experience:ユーザー体験)の改善を継続的に行うことも求められます。サービスを利用するプロセスやサービス自体の満足度が低ければ、顧客に愛着を持ってもらうことができません。なお、CXの向上は、一部の部門だけでは十分に行うことができません。企業全体で理解し、取り組みを行ってください。CXについては以下の記事でも詳しく解説しています。
SaaS企業のロイヤルカスタマー戦略③:データ活用手法
契約期間が長期にわたるSaaSビジネスにおいては、長期にわたって顧客のデータを収集することができます。このような背景から、ロイヤルカスタマー戦略を進めていく上では、いかにデータを活用していくかも重要なポイントとなります。
ここでは、顧客のロイヤルティを高めるために有効なデータ活用手法を紹介します。
アプローチ方法を検討する
契約情報などの基本情報からこれまでの対応履歴やサービスの利用状況まで、様々なデータを分析することで、顧客がどのような人であり、どのような状態にあるのかを知ることができます。顧客をよく把握したうえで、どのようなアプローチを行えばロイヤルティが向上するのか、またアプローチすべきタイミングはいつかを検討します。
例えば、サービスのヘビーユーザーとライトユーザーでは求めるものは異なりますし、顧客のITリテラシーによりサービスの利用方法は変わってくると予想できるでしょう。
顧客が自社のサービスをどのように利用しており、何を求めているのかをデータから読み解くことがポイントです。
予測的に対応を行う
顧客が不満を感じていたり、サービス内容に不足を感じていたりしても、そのような状況は必ずしも表面化しません。データを見ることで、顧客がサービスに満足していない状況を発見し、予測しながら対応を行う必要があります。
この取り組みの実現方法として、ヘルススコアづくりに取り組んでいる方も多いかもしれません。
しかし、ヘルススコアは一朝一夕にできあがるものではありません。まずは重要と思われるデータの変化をしっかり見ていくことからはじめるのがおすすめです。
きっとこの記事を読んでいらっしゃる方は、その着目すべき“重要変数”をいくつか思いついていると思います。“サービス利用率”という重要変数があった場合、もしそれが徐々に、あるいは急激に下がっていれば顧客に何らかの変化が生じている可能性があります。
データから顧客の変化を逃さずにとらえ、必要に応じた支援や的確なフォローを実施し、ロイヤルティの向上につなげていきます。
ヘルススコア作りは、こういった運用を進めた後、数個の重要変数を組み合わせて簡単なヘルススコアを作成し、その後数年かけて総合ヘルスコアづくりを進めていく、そんな流れがおすすめです。
成果を確認する
顧客のロイヤルティを確認するためには、一般的に上述したNPSのほか、LTVといった指標を用いることも増えています。
顧客ロイヤルティを定量的に測る指標として一般的に用いられているのがNPS®です。NPS®は「この商品(サービス、企業、ブランド)を親しい友人や家族にどの程度勧めたいと思いますか」という質問に対して、0~10の11段階で評価してもらうものです。回答結果を元に顧客を以下の3つに分類し、回答者全体に対する推奨者の割合から批判者の割合を引いたものをスコアとします。
- 批判者:0~6
- 中立者:7~8
- 推奨者:9~10
またLTVとは、顧客が契約を開始してから終了するまでの期間中にどれだけ売上をもたらしてくれるかを指します(利益で計算する場合もあります)。LTVが高いことは、必ずしもロイヤルカスタマーであることを意味しませんが、顧客ロイヤルティが高ければ、LTVは高くなるという関連性はあります。
そのため、他の指標や情報と共に確認することで、ロイヤルカスタマー育成に重要な顧客のセグメント化に用いることができます。たとえば、NPS®とかけあわせることで、最重要のロイヤルカスタマー、ロイヤルカスタマー候補などを見極め、対応の優先順位づけに役立てられます。
指標により定点観測を行うことで、これまでの取り組みが有効だったのか、もしくは改善の必要があるのかを把握できます。
まとめ
ビジネスを継続的に成長させるためには、真のロイヤルカスタマーの育成が重要です。ロイヤルカスタマーと優良顧客は混同されがちですが、誤った解釈はビジネス成功の妨げになりかねません。
まずは正しく理解した上で、顧客ロイヤルティを測定して高められるようにしましょう。ロイヤルカスタマーを育成するには、顧客理解を深め、顧客との接触機会を増やすことが鍵となります。そのためにも、ぜひカスタマーサクセスの実施を検討してみてください。