あらゆる製品のコモディティ化が進み、競争が激化している現代では、製品やサービスそのものが持つ機能と同等以上に、“得られる体験”が顧客にとって重要となっています。企業においては、この顧客の体験(カスタマーエクスペリエンス)の満足度をどこまで高めることができるかが、顧客に選ばれ続けるための鍵と言えるでしょう。この記事では、なぜカスタマーエクスペリエンスが重要なのかを掘り下げ、良好な顧客体験を提供するためのポイントについて解説します。
1. CX(カスタマーエクスペリエンス)とは
CX(Customer Experience:カスタマーエクスペリエンス)とは「顧客体験」を意味する用語です。製品やサービスの利用時だけではなく、購入前から購入後までの顧客とのすべてのタッチポイントにおいて、顧客が体験・評価する価値のことを指します。製品やサービスそのものが持つ物質的な価値だけではなく、購入時の対応への印象など心理的な価値も含みます。
UX(ユーザーエクスペリエンス)とは何が違うのか?
似たような言葉にUX(User Experience:ユーザーエクスペリエンス)があります。UXは、例えばWebサイトのデザインやボタンなどの配置といったユーザとの接点になる部分(UI:ユーザーインターフェイス)を通して、製品やサービスを利用する際に得られる視認性や操作感といったユーザー体験を指します。UXもCXと同様に、製品やサービスを使用する際の印象や体験を指し、物資的な満足感だけでなく、心理的・感情的な満足感も重視するものですが、UXが製品やサービスなど単一の対象に焦点を置いたものであることが多いのに対し、CXが対象とするのは複数の対象を含めたすべてのタッチポイントにおける顧客体験です。そのため、UXは広い意味でCXの一部ともいえるでしょう。また最近では、UXは「デジタル領域における顧客体験」を指す言葉として用いられることが多いです。
UXは、主にデザイナーや商品企画担当など一部の部門が操作性や視認性などの向上を目指して取り組む施策ですが、CXはマーケティングや営業・サポートまでさまざまな部門が協力して取り組み、提供しているサービス全体を通した体験の向上を目指すのが一般的です。
コーヒーチェーンを例にとって考えてみましょう。CXを向上させる場合、会社の全体方針に沿って、関連部署が連携し合いながら実行していきます。具体的には、「有名なデザイナーを起用し広告をより洗練されたものにする」「店内の照明やインテリア・BGMを落ち着いたものにする」「環境に配慮してプラスチック資材の利用をやめる」など多岐にわたる施策が考えられるでしょう。
一方で、UXを向上させる場合は、単一のタッチポイントの改善に主管部門が主体となって取り組みます。例えば“店舗の会計”というタッチポイントの場合、店舗運営部門が主体となって「会計で利用できる電子マネーを増やす」「待ち時間を減らすために事前に注文決済ができるようにする」といった施策が考えられます。
UI(ユーザーインターフェース)との違い
UI(User Interface:ユーザーインターフェース)は、利用者が電子機器やソフトウェアに接する部分のことで、具体的にはWebサイトやアプリケーションのメニュー・アイコンなどの操作方法を指します。UIは、操作性や視認性を高め、顧客にストレスなく利用してもらうために重要な施策です。つまり、UIはWebにおけるUXを高めるための要素といえるでしょう。
先ほどのコーヒーチェーンを例にとると、UIを向上させる施策としては、「事前注文に利用するアプリケーションの画面を利用しやすいように改善する」といったことが考えられます。
顧客満足度との違い・関連性は?
また、製品やサービスに対する顧客の満足度を測る指標のことをCS(Customer Satisfaction)といいます。こちらも広義にはCXを構成する要素といえますが、顧客が自社の商品・サービスに対する印象を数値化した指標のひとつ、という認識が一般的でしょう。
顧客満足度(CS)を測る場合、「自社の商品/サービスにご満足いただけましたか?」といった質問をすることが多いですが、“機能・性能が優れている”“価格が安い”など、物質的な満足感さえあれば高い点数をつける人がいることに注意が必要です。言い換えれば、顧客満足度(CS)は製品やサービスそのものが“良いか悪いか”を測る指標であり、顧客が心理的に満足しているかどうかは分からないのです。機能・性能・価格など物質的なレベルを上げてCSを高める取り組みは、良質な体験を提供するための一要素ではあるものの、顧客と深い関係を築くためには、心理的・感情的な満足度の向上も必要です。
2. 顧客が体験から得る心理的な価値とは?
これまで、CXとはあらゆるタッチポイントを通して、物質的な価値だけでなく心理的な価値も提供し、総合的な顧客体験を向上させる取り組みであると説明してきました。では、顧客に与えられる心理的な価値とはどのようなものがあるのでしょうか?一例として、コロンビア大学ビジネススクールの教授であるシュミットが分類した、5つの心理的価値の分類を紹介します。
Sense:感覚的経験価値
感覚的経験価値とは、顧客の五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)が刺激されることで発生する「心地よい」「よい匂い」「美しい」といった感情を指します。とあるホテルのロビーでは、心地よい音楽が流れ、ゆったりとしたソファが準備されており、美しい中庭が眺められる環境を整えています。宿泊の手続きや支払いなど事務的な手続きをするためのロビーを癒しの空間にすることで、心理的な満足度を高め、待たされる不満も軽減しているのです。
Feel:情緒的経験価値
情緒的経験価値とは、感情が揺さぶられることで発生する「かっこいい・可愛い」「安心・信頼」「感動」といった感情を指します。包含する範囲が広く、CXによって与える心理的価値=情緒的経験価値と考えられることも少なくありません。たとえば、洗練された商品デザインによって「かっこいい」と感じてもらう、親切な接客によって「気が利く・信頼できる」と感じてもらう、最新のテクノロジーを活用したアーティストのパフォーマンスで感動や熱狂してもらうことなどが考えられます。
Think:創造的・認知的経験価値
創造的・認知的経験価値とは、知性や好奇心が刺激されることで発生する「勉強になる」「面白い」「自分を高められる」といった感情を指します。調味料メーカーが料理セミナーを開催したり、化粧品メーカーがHPでメイク動画を掲載したりすることは、この創造的・認知的経験価値を提供している代表例です。
Act:肉体的経験価値
肉体的経験価値とは、今までにない体験をしたり、新しいライフスタイルを実践したりすることで発生する「憧れの体験ができた」「なりたい自分に近づいている」という満足感を指します。行動/ライフスタイル的経験価値とも言われます。たとえば、睡眠サプリメントのメーカーが、サプリを活用した朝型生活への切り替え方法を提案するとしましょう。 “睡眠の質を良くする”という商品による直接的な価値を与えるだけでなく、“朝のうちに重要な仕事を終わらせられるライフスタイル”に寄与することで、「目標のライフスタイルに近づいた」という満足感を与えられます。
Relate:準拠集団や文化との関連付け
準拠集団や文化との関連付けによって与えられる価値とは、グループに属したり文化を取り入れたりすることで発生する「メンバーであることを誇りに思う」「このグループにいる自分は特別だ」といった感情を指します。たとえば、サステナビリティに真摯に取り組む姿勢を見せ続けることで、「この商品のユーザーである自分を誇りに思う」という感情を生み出すのも一例です。また、著名人に商品を利用・拡散してもらい、「憧れのあの人と同じものを利用している」という満足感を高めることも考えられます。
3. CX向上に取り組むことはなぜ重要なのか
企業にとって、CXの向上に取り組むことは非常に重要です。
主な理由は以下のとおりです。
顧客ロイヤルティを向上させ、リピーターを獲得できるため
顧客体験への満足度が上がれば、その顧客が製品やサービスを再度購入してくれる可能性が高くなります。このようなリピート率の増加は、ROIも高く、企業が目指していきたい姿です。また、リピートで良い体験を繰り返し得ることで、顧客のロイヤルティをさらに高める効果もあります。ロイヤルティの高い顧客は、その顧客自身からの売上だけではなく、口コミなどによる波及効果によってより高い売上をもたらしてくれる力も持ちます。これは、部門間・同業種内で情報の共有・交換を行うBtoB形態のビジネスにおいても同様です。
ブランドイメージを高めることができるため
顧客が自分の期待を上回る体験を得ることができると、企業やブランドに対するイメージは大きく高まります。多くの場合、特定の製品やサービスに対してのみではなく、他の製品やサービスを含む企業やブランド全体に対して好印象を抱くでしょう。そのため、ブランドイメージの向上は、自社の他の製品やサービスの購買に繋がりやすくなる効果もあります。
顧客離れを阻止できるため
良質な体験を通して、顧客が企業・ブランドに信頼や愛着を抱くようになると、競合商品への乗り換えが発生しにくくなります。物質的な価値に大きな差がなければ、「信頼できる」「自分に合う」などポジティブな感情を抱いているブランドを引き続き利用するでしょう。機能面で劣ってしまう場合にも、信頼や愛着があれば、将来的にそのブランドでも実現できるのかどうかを確認するなど、即時の乗り替えにつながるリスクが小さくなります。また、同機能で安価な競合製品が現れた場合も、提供できる体験の差で乗り換えを防げるケースもあります。
収益の拡大、ビジネスの成長に繋がるため
前述のような、顧客ロイヤルティやブランドイメージの向上、競争力の強化はすべて売上や収益にプラスの結果をもたらします。良質な顧客体験を提供することで、心理的な満足感が高まると、顧客ロイヤルティも向上します。顧客ロイヤルティが向上すれば、リピート購入してもらえるだけでなく、上位商品へ切り替えるアップセルや、関連商品も利用してもらうクロスセルの促進にもつながります。新規顧客を獲得するにはより多くのコストがかかるため、既存顧客に多く利用してもらうことは、収益性の向上に直結するのです。実際、2017年のDimension Dataの調査結果によると、CXの向上に取り組む企業のうち約84%が収益増加に繋がったと回答をしています。
低いCXによるマイナスの効果を防ぐため
現代は、SNSなどを通じて、ユーザー自身が自由に情報を発信することができる時代です。そのため一度マイナスのイメージを顧客に抱かせてしまい、それが発信されてしまうと、その影響は瞬く間に波及し、多くの人に良くない印象を与えてしまう可能性があります。そういった損失を未然に防ぐ意味でも、CXへの取り組みは必要不可欠です。
4. CXを向上させるためのポイント
では、CXを向上させるために重要なポイントとしてどのようなものがあるのかを考えてみましょう。
顧客を理解する
まずは、自社の顧客の属性がどのようなものか、顧客は何に満足していて何に満足していないのか、潜在的なニーズは何かなど、顧客を理解することが重要です。インタビューやアンケートを通して直接聞く方法以外にも、アクセスログの解析や行動の観察などによって顧客の行動を明らかにし、仮説を立てることなどが有効です。近年では、CRM(Customer Relationship Management)システムやCDP(Customer Data Platform)などのデジタルツールを活用して、より効率的に顧客情報を管理・分析することが可能になりました。顧客を正しく理解できていれば、その後の施策も有効に働く可能性が高くなるため、このような調査や分析を十分に行うことが重要です。
不満箇所の改善
全体的な体験価値を高めるためには、ポジティブな感情を抱いてもらうだけでなく、ネガティブな感情を取り除くことも重要です。顧客情報の収集やカスタマージャーニーマップの作成によって明らかになった不満が持たれやすい箇所は早急に対応しましょう。例えば、レストランの運営者が「料理は美味しかったけれど店内が混雑していて落ち着かなかった」という顧客の不満をキャッチした場合、ゆったりとした座席レイアウトに変更し、リラックスできるBGMを流すといった対応が考えられます。また、店内の導線やスタッフの対応を改善することで、よりくつろげる空間を提供できるようになるでしょう。
One to One マーケティング
一対多に対しての汎用的なマーケティングを行うのではなく、顧客一人ひとりの属性や趣味・嗜好に合わせた商品紹介や情報提供を行うのがOne to Oneマーケティングです。例として、特定の商品を購入した顧客に関連商品をおすすめする、来店することの多い時間の1時間前にお得なクーポンを配信する、などが考えられます。必要なタイミングで必要な情報・サービスを受け取れるため購買行動に繋げやすい施策ですが、同時に「ちょうど興味のある商品を紹介してくれて探す手間が省けた」といった信頼の感情を生み出すことにもつながりやすいため、心理的な側面からもCX向上に役立つといえます。
ペルソナやカスタマージャーニーマップを作成する
集めた顧客情報をもとにカスタマージャーニーマップを作成することで、CX向上のために何をすべきかが整理できます。カスタマージャーニーマップとは、顧客が情報収集をしてから自社製品やサービスを利用するまでの一連の流れに沿って、行動の詳細や接触チャネル、顧客の思考や感情などを整理したものです。自社のすべてのタッチポイントにおいて、一貫した価値提供を行うためには、このカスタマージャーニーマップの作成が必要不可欠です。あるタッチポイントで顧客のニーズを満たせていても、別のところで満たせていなければ、全体としての顧客体験は十分なものとはいえません。
また、カスタマージャーニーマップの作成と顧客が求める価値の定義のためには、ペルソナの作成が効果的です。ペルソナは自社のターゲット顧客を仮想の人物像として表したものです。ターゲット像が明確化されることにより、具体的なニーズをあぶりだしやすくなります。
カスタマーサクセスを取り入れた能動的なサポートを行う
特にBtoBビジネスを行う企業がCXを向上させるためには、カスタマーサクセスに取り組むことが重要です。カスタマーサクセスとは、顧客の成功を自社の成功と位置付け、自社の製品やサービスを通して支援するビジネス形態を指します。カスタマーサクセスを実行するには、顧客の課題やゴールを理解し、その解決手段を提供していかなければなりません。時間も手間もかかる方法ではありますが、成功すれば「自社のことを理解してくれていて信頼できる」「この会社のサポートがなくてはならない」といった心理的に強い結びつきを得られるようになります。
施策の効果測定を正しく行う
CXの継続的な向上を図るために、施策の実施前に具体的な数値目標を立てて、成果を測定し、次の施策へ反映しましょう。以下のような指標で、施策の効果測定を行うことができます。
- 顧客の継続利用率
- クロスセルやアップセルの金額
- NPS®️(ネットプロモータースコア)の変化
- Webページでのコンバージョン率などの各指標の変化
5. まとめ
SNSなどを通じた口コミが影響力を持ち、競争が激化するなか、CXへの取り組みの重要性はますます高まっています。CXは顧客の満足度やロイヤルティに長期的な影響を与え、最終的には収益に繋がるため、BtoC、BtoBのどちらにおいても非常に重要な活動です。特にBtoBにおいて自社の製品を長期的に利用し続けてもらうためには、顧客の根本的な課題の解決やゴールの達成に伴走するカスタマーサクセスへの取り組みが欠かせません。まずは、顧客の属性や、自社の商品・サービスにどれだけ愛着を持ってもらっているか、不満に感じているポイントはどこかなど、顧客を理解することから始めてみてください。